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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)225号 判決 1998年1月30日

横浜市旭区上白根町八九一-二〇-八-四〇一

上告人

森田靖正

浦和市瀬ケ崎五丁目一六番二四号

上告人

森田克己

右両名訴訟代理人弁護士

大西英敏

城内和昭

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第八八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年七月一日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人大西英敏、同城内和昭の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第二二五号 上告人 森田靖正 外一名)

上告代理人大西英敏、同城内和昭の上告理由

第一、原審判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかなる法令の違背がある(民事訟法第三九四条の上告理由)

一、実用新案法第二条一項の解釈について

1. 実用新案法は「自然法則を利用した技術的思想の創作」を「考案」として保護の対象としている(法第二条一項)。この点では特許法の「発明」と共通する(法第二条一項)。しかし、特許法が保護する発明は、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち「高度」なものであるのに対し、考案は、自然法則を利用した技術的創作のみであり、発明が高度なものであることを必要とするのに対し考案は創作でありさえすれば十分であり、それに以上に高度でみることを必要としない。この実用新案と特許保護の要件の違いは発明の特許の要件としての進歩性と実用新案の登録要件としての進歩性の違いとなって明らかになってくる。従って、実用新案権の考案として保護の対象となるかどうか、進歩性の判断に際して右の要件の違いが考慮されなければならない(吉藤幸朔著「特許法概説」第八版五五五頁)。

2. 実用新案の考案の進歩性の判断基準は、基本的な点においては発明の進歩性の場合と同様であるが、進歩性の程度において両者には差異が生ずる。すなわち、発明の進歩性の程度は「容易でないこと」を必要とするのに対し考案の進歩性の程度は「きわめて容易でなければ」足りる。考案の発明の進歩性は、発明の進歩性(飛躍的進歩)までには達しないが公知技術に基づき当業者が当然に考えつく程度(自明程度)を超えるものであれば(自然進歩)進歩性があると考えられている(前掲五五八頁、九二頁)。

3. 考案の発明の進歩性の判断基準は、考案の目的や効果を参酌することによって、その構成上の難易を判断する手法が通常とされている。目的及び効果を参酌するにあたって注意すべき点は、目的及び効果に予測性あるか否か、すなわち考案発明の目的及び効果が出願時の技術水準からみて当業者がきわめて容易に予測できる場合は目的及び効果の予測性があり、反対に、従来当業者がきわめて容易に達成できなかった効果を奏する場合は、目的及び効果の非予測性(効果の顕著性)があるということができる(前掲九七頁、九八頁)。

4. また、考案発明の進歩性を判断する基準として考案(発明)にかかる製品が従来品を抑えて売れているなどという商業的成功を収めている場合にはその考案には進歩性があると認めることができるとされている。さらに判断基準の一つとして考案(発明)の不実施、すなわち、考案(発明)の効果が大きいにもかかわらず、長い間これを実施する者がいなかった等の事実がある場合もその考案(発明)には進歩性が認められるとされている(前掲九九頁、一〇〇頁)。

二、原審判決は、右に述べた実用新案法第二条一項の考案の進歩性の解釈ないし適用を誤って判断しており、その判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。以下詳述する。

第二、原審判決の本願考案の目的及び効果に対する法令の解釈ないし適用の誤り

一、原審判決の内容

原審判決は、本願考案の異議申立に対して、引用例1(実公昭五九-三二三八九号公報)、引用例2(月刊誌「Parents」五九巻八号一一〇頁以下)及び引用例3(月刊誌「Parents」五九巻七号三二頁以下)を対比させ、「引用例1は本願考案と「薬剤」を含浸させたテッシュペーパーである点で一致しており」、「本願考案では薬剤として「薬草のエキス」を含浸させたのに対し、引用例1に記載された考案では、薬剤として「汚物用の防腐剤であるところの硫酸第一鉄、重炭酸ナトリウム及び焼明礬を主成分とした混合剤よりなる水溶液」を含浸させている点で相違しているが、引用例2及び引用例3のそれぞれの商品は赤ちゃんの体の汚れを拭くためのものであり、アロエを含んでいること、及び赤ちゃんや子供の体を拭いてきれいにするための柔らかい布切れであり、アロエを含んでいることが開示されている。そしてアロエは治療効果あるいは薬用効果を生じさせるものであることは、当業者に自明な事項であること、引用例1のトイレットペーパーは、汚物を拭き取るために直接人体の皮膚粘膜に接するものであること、そうすると、引用例1に記載された考案のテシュペーパーにおいて薬剤として汚物用の防臭剤を含浸させるのに代えて、薬剤として薬草の一つであるアロエの薬効による効果を期待できるテッシュペーパーとすることは当業者であれば容易に想到しうる」とする。

二、本願考案と引用例1の相違

1. 本願考案は皮膚面に対する薬用効果(治療効果)等を目的とし、ティシュペーパー等に薬用効果のあるアロエ等の薬草エキスを含浸させるという構成であるのに対し、引用例1は、汚物槽内の悪臭の消去等を目的としパルプ紙等に硫酸第一鉄等の必ずしも人体に有益とは言えない混合剤よりなる水溶液を含浸させる構成であり、両者はその目的及び構成に著しい差がある。

2. さらに、本願考案は上記の構成により人体皮膚粘膜等に消毒効果はもとより薬用効果(治療効果)等を生じさせるものであるのに対も、引用例1はその構成により人体に対する効果ではなく、あくまで汚物槽に発生する悪臭を消去させる効果を生じさせるものであり、両者ではその作用効果は全く異なる。

3. 原審判決は、本願考案の「薬草のエキス」と引用例1の「防臭剤」が「薬剤」という上位概念で共通するから、パルプ紙に「薬剤」を含浸させた点で一致すると判示するが、本願考案と引用例1は、構成のみならず、その作用効果に著しい差異があり、このような作用効果の著しい差異を無視して、本願考案と引用例1が同一であるとすることは誤りであることは明らかである。原審判決のように、上位概念を持ち出し、考案の差異を論ずることは、その性質及び利用による効果が全く異なる「清水」と「ガソリン」が「液体」という上位概念で同一であるとするものである。しかしガソリンは燃えるが水は燃えないし、さらに水は人体に有益不可欠であるがガソリンは有害であるというようにその性質及び利用による効果が全く異なる。原審判決の判断は、このように性質及び利用による効果が全く異なるものを上位概念を用いて強引に同一であるとするものであり、原審判決の判断が誤りであることはこの点からも明らかである。

三、本願考案と引用例2及び引用例3の相違

1. 原審判決は、引用例2から「赤ちゃんの体の汚れを拭くためのもの」が示され、引用例3から「赤ちゃんや子供の体を拭いて綺麗にするための布切れであって、アロエを含んでいるもの」が示されており、引用例2と引用例3合わせると「赤ちゃんや小児等の体の汚れを拭くものにアロエを含有させるという技術が開示されていること」は本願考案と同一であるとする。しかし、原審判決の右判断も本願考案の本質を無視したもので誤りである。

2. 仮に引用例2及び引用例3から「赤ちゃん等の体を拭く布切れにアロエが入っている」と見られるとしても、引用例3からはアロエが入っている目的や効果は明らかにされていない。引用例3から明らかな効果は洗浄効果(さらに推測するものとしても保湿効果)までである。これに対し本願考案は薬用エキスを含浸させることにより各種の治療効果を生じさせることを本質とするものである。

3. 本願考案のテッシュペーパーは薬用エキスを含浸させていることによりトイレットペーパーに使用することによって痔に効果がありまた吸収性が良く紙手拭、キッチン用紙製品等に用いると殺菌効果は大きく衛生上有用である。さらにドライ状はもちろんのことウエット状のティシュペーパーは一層殺菌効果があがる。なお本願考案にかかるトイレットペーパーを下水道に流すと細菌に対する殺菌効果作用により公害防止にも役立つものである。

4. さらに本願考案の薬草の一種であるウメノキゴケやリトマスゴケは酸アルカリ指示薬の色素の原料となっており、尿の酸性やアルカリ性度を計ることができる性質を有している。ウメノキゴケ(ウメノキゴケ属ウメソキゴケ科)はクロマツ、スギ、サクラ、ウメなどの樹皮上ときには岩上、墓石などに生える葉状薬草で成分は全体にアトラノリン、レカノリ酸、サラチン酸、オリベトリ酸、ノルステックチン酸などを含み、止血作用や腫れものや痔などに薬理効果があり、全草にレカノリ酸を含み、酸、アルカリの指示薬であるリトマス色素の原料となる。リトマス色素原料としてはほかにリトマスゴケ科のリトマスゴケなどがあり、ジフラクタ酸を含み同様に使用されている。

5. 本願のトイレットペーパーはこのような原理を応用して薬草のエキスを含浸させてなすものである。従って尿が酸性のとき(pH四・五)は黄色に、尿がアルカリ性のときは(pH八・三)青色にトイレットペーパーが変化する。また、薬草を含浸させる技術は他にも応用でき、例えばたばこ紙に使用すると、たばこ紙に付着した唾液から酸性、アルカリを知ることができる。家庭においてもトイレットペーパーを使用することにおいて簡単に健康管理ができる一製品二作用とした価値ある商品である(平成六年二月四日付上告人の特許庁長官宛審判請求の理由補充書、甲第四四号証)

6. このように引用例2及び引用例3の商品にアロエが入っているとしてもその目的及び効果については明らかにされていない。この点原審判決は「アロエは、薬草として一般に知られ、民間薬として広く用いられ、火傷等の治療に効果があることが知られていることは、当裁判所に顕著な事実であるから、引用例2及び引用例3に記載されている体を拭くものが、アロエ自身の持つ治療効果あるいは薬用効果を生じさせるものであることは当業者に自明な事項であると認められる」とする。

7. 本願考案は、アロエのみならず、橘、ヘチマ、ウメノキゴケあるいはリトマスゴケなども含めた薬草のエキスを含浸させることにより、殺菌効果治療効果や尿など体液から人体のペーパー値を測定することにより健康管理が出来るという種々の効果を有するものである。

8. 原判決は、アロエという薬草の薬用効果が自明であるという理由のみで本願考案は当業者にきわめて容易に想到し得るとするが、引用例2及び引用例3の商品からはアロエの含浸が何を目的とし、どのような効果があるのか不明であることに加え、本願考案の種々の薬草のエキスの含浸が殺菌効果、治療効果、健康管理という効果があることまで自明であるとするのは誤りである。

四.このように原審判決は本願考案の目的及び効果を正確に理解することなく引用例1で外形上ティシユペーパーに消臭剤という「薬剤」を含浸させていることのみで共通性があると判断したり、引用例2及び引用例3が人体を拭くものに「アロエ」を含浸させているというだけで本願考案の薬草のエキスの含浸の効果が一致すると判断しており、実用新案法第二条一項の考案として保護される進歩性の判断基準として、その目的と効果を参酌するという解釈を誤って、その目的及び効果の一部が一致していることのみで、本願考案の進歩性の判断を行っており、実用新案法第二条一項解釈を誤り、かつ誤った解釈を適用し判断を行っている違法があるものである。

第三、原審判決の本願考案の商業的成功及び考案不実施の主張に対する法令の解釈ないし適用の誤り

一、上告人らの原審における主張

1. 上告人らは、本件出願をなすとともに、昭和六二年に入ると製紙会社等の当業者に対し本願考案の商品化を申し入れた(甲第四一号証、甲第四二号証の一ないし一〇)。上告人らが面談した各当業者らは、上告人らの本願考案に対し、<1>その着想については、今まで誰も考えつかなかった、コロンブスの卵だ、すばらしいなどと称賛した。また、<2>技術的な問題については、直ちに商品化できるか不明であるとするものが多かったが、薬草の成分を紙に含浸させることは技術的に無理である(山陽スコット等)とするものもあった。さらに、<3>販売については、仮に実用化可能としても採算がとれない(大一紙工業)、売れるかどうか未知数であるとするのが大半であった。しかし、面談したすべての会社が本願考案の着眼点のすばらしさを認め、本件出願が公告になったら商品化を検討するとする反応が大半であった。

2. その間、上告人らは昭和六二年八月に服部製紙株式会社に依頼して、アロエ入りウエットティシュの製造・販売を行うとともに、同年一二月には服部製紙との間で実施許諾契約を締結し、本願考案を実施する製品・販売を行うなどした結果、その後の抗菌ブームという時代の流れもあり各製紙会社も続々と薬草切エキスを含浸させたティシュペーパーの製造・販売を行うようになったものである(原告ら第三準備書面一二頁から一三頁七行)。

二、原審判決の判断

これに対し原審判決は、「本願考案が公開されるまで当業者において本願考案の構成をなす薬草を含浸させたティシュペーパーを考案し、製造、販売した者はなく、製紙会社等が原告らの着想のすばらしさについて称賛しその後、本願考案を実施した製品が売れると見てからは続々と同種製品を製造、販売を行うようになったこと等の事情が認められるとしても、当業者であれば、引用例1と引用例2又は引用例3に記載された考案に基づいて極めて要易に想到し得るところと認められる」と判示する。

三、原審判決の判断の誤り

実用新案法第二条一項の解釈として、考案についての商業的成功ないし考案の不実施という事実は、考案の進歩性の判断基準となるとされている。上告人らは、右のように原審において、本願考案の商業的成功ないし考案の不実施について具体的事実及び証拠を提出して主張を行っている。これに対し、原審判決は、上告人主張の右事実があったとしても考慮の必要がない旨判示している。原審判決の右判示の意図するところは必ずしも明確ではないが、仮に本願考案の商業的成功ないし考案の不実施という事実が認められるということを前提にしながら考慮の必要性がないという趣旨であれば、実用新案法第二条一項の考案の判断基準として商業的成功ないし考案の不実施という事実が認められていることの解釈ないし適用を誤った違法があり、仮に右両主張を判断していないという趣旨であれば実用新案法第二条一項の適用についての理由の不備の違法がある。

第四 進歩性の程度についての法令の解釈ないし適用の誤り

一、実用新案法第二条一項の考案の進歩性の解釈

実用新案法は自然法則を利用した技術思想の創作を保護しているが、その技術的思想の創作の程度は、特許のように「高度」の(容易ではない)ものである必要はなく、「きわめて容易」でなければ足りる。すなわち、公知技術に基づき当業者が当然に考えつく程度を超えるものであれば進歩性があるとされている。

二、原審判決の判断

原審判決は、本願考案に対し引用例1ないし引用例3を対比させ、「本願考案は引用例1ないし引用例3に記載された考案に基づいて極めて容易に想倒し得るところと認められる」と判示する。しかし、原審判決の右判断は、実用新案法第二条項の保護の対象の解釈ないし適用を誤るものである。

三、原審判決の判断の誤り

1. 原審判決は、本願考案と引用例1の考案との対比において、本願考案の薬草のエキスと引用例1の防臭剤が、「薬剤」として共通しているとし引用例2及び引用例3との対比において、人体を拭くものにアロエを含浸させる技術が開示されているので、引用例1と引用例2及び引用例3を合わせて考えると、引用例1の防臭剤の代りにアロエを含浸させて考えることが出来るので当業者は本願考案に極めて容易に想到するとする。

しかし、本願考案の出願前において原審判決が引用する引用例1の技術のほかにも、<1>「トイレットペーパーに清涼剤を印刷し、悪臭等を除却する技術」の考案(実開昭五〇-九七七六一号、甲第六号証)、<2>「ウェットティシュの分配装置に関し、装置内のウェットティシュには、殺菌剤、皮膚への有効物質、香水要素を含む技術」の考案(特開昭五七-一八三九六号公報、甲第七号証)、<3>ティッシュペーパーにイオンを帯びさせで殺菌作用を図る技術」の考案(実公昭六一-三七三五八号公報、甲第八号証)などの公知技術が存在した。

2. 本願考案出願前の公知技術は、主に悪臭等の除却や殺菌の効果を目的をするものであり、本願考案のように、殺菌作用に止まらず皮膚粘膜を通じての治療効果、あるいは人体の健康管理までの効果はなく、本願考案出願までの当業者は本願考案が目的とする作用効果の技術に思い至っていない。このことは、上告人らが、本願出願後に製紙会社等の当業者の会社に対し面談し商品化を申し入れた際、面談したすべての会社がその着想について「今まで誰も考えつかなかった。コロンブスの卵だ。すばらしい」などと述べ本願考案の着眼点のすばらしさを認めたという事実からも明らかである。

3. 原審判決は、引用例1に引用例2及び引用例3のアロエを含浸させるという技術を合わせて考えると本願考案は当業者であれば極めて容易に考えつくとする。しかし、かりに引用例2及び引用例3の商品に「赤ちゃん等の体を拭く布切れにアロエが入っている」という技術が開示されているとしても、引用例からはアロエが入っている目的や効果は明らかにされていない。引用例から明らかになる効果は洗浄効果ないし保湿効果までであり本願考案が目的とする治療効果ないし人体の健康管理の効果までは思い到るものではない。

4. 以上述べたことから明らかなように、本願考案出願前に引用例1ないし3の技術が開示されていたとしても右技術から当業者が容易に本願考案に想到するということはあり得ず(事実想到した当業春はいなかった)、ましてや引用例により本願考案に極めて容易に想到しえないことは明らかである。

四、本願考案の進歩性に対する被上告人の審査経過

1. 進歩性の判断は結局のところ考案を審査する審判官などの主観的裁量判断によらざろう得ないが、「審査官は、問題と解答を同時に見るため、あたかも種明かしをした手品を見るようで、さっばり感心せず、このため往々にして進歩性のある発明を否定することがある。」(三根繁太「特許庁の思いで」五一四頁)と指摘されている。

2. 本願考案は昭和六〇年二月四日に出願(甲第二一号証)、同年六一年八月一八日に公開(甲第二二号証)された技術であり、本件審判が平成八年二月二九日(甲第一号証)であることを考えると、出願から審判まで一〇年以上の時間が経過しており、特に右指摘があてはまり易いものである。

3. 本願出願の審査経過は、上告人(原告)らの第三準備書面四頁四行から五頁一八行に述べた通りであるが、引用例2及び引用例3は、平成三年七月九日の刊行物提出により審査の対象となり、本願出願の権利性に影響を及ぼさないと判断されているものである。また引用例1は公告まで書面上引用はされていないが、本願出願と同一の国際特許分類に属していることから、被上告人において審査の対象とされていたはずの技術である。さらに被上告人は上告人らの審査請求に対する審査の過程で、従来技術として、「清涼剤印刷トイレットペーパー」の考案(実開昭五〇-九七七六一、甲第六号証)を明らかにし審査を行っている。右考案は、市販トイレットペーパーにその製造過程に於いて清涼剤の印刷をほどこし、トイレ使用の際に香料がただよい、また直接使用時に印刷された清涼剤の作用により残留物、におい等を拭き取ることが出来ることを目的とし、右トイレットペーパーの使用により殺菌作用はもとより、病気の予防、治療効果等があるとされるものである。右考案はトイレットペーパーに「薬剤」を含浸させることにより殺菌作用のみならず、病気の予防や治療効果を図ることからすれば原審判決の引用する引用例1の技術よりもはるかに本願出願の考案に近いものである。

4. 上告人らは本願考案につき、平成元年一月一七日付で審査請求をする(甲第二三号証)と同時に手続補正の申立てをなし(甲第二四号証)、同年八月二九日付で補正の掲載がなされている(甲第二五号証)。これに対し、平成三年七月九日付で提出者和光堂株式会社により、引用例2及び引用例3を含む月刊誌「Parents」の刊行物提出がなされている(甲第二六号証)。右提出者は提出理由として明細書の要旨変更を主張するとともに、引用例2及び引用例3を含む刊行物により本願考案は出願前に公知であったので実用新案法第三条一項三号の規定により登録を受けることができない、と主張している。その結果、被上告人は平成三年八月一三日付で、上告人らの補正の申立てを却下する決定をなしている(甲第二七号証)。これに対し、上告人らは、同年九月三〇日付で審判請求を行ったところ(甲第二八号証)、被上告人は、同四年七月二三日付で、補正を却下する決定を取り消す審決を行った(甲第二九号証)。ところが被上告人は、同年一二月一五日付で本願考案が出願前に明らかとなっていた実開昭五〇-九七七六一号公報(甲第六号証)及び特開昭五七-一八三九七六号公報(甲第七号証)により当業者が容易に考案することができるとして本願出願を拒絶するとした(甲第三〇号証)。これに対し上告人らは平成五年二月二日付で意見書(甲第三一号証)を、同年二月五日付で手続補正書を提出したが(甲第三二号証)、被上告人は、同年六月一五日付で拒絶査定を行っている(甲第三三号証)。上告人らは右拒絶査定に対し、同年八月九日付で審判請求を行うとともに(甲第三四号証)、同年九月三日付で審判請求の理由補充書(甲第三五号証)と、手続補正書(甲第四三号証)を、同六年二月四日付で審判請求の理由補充書(甲第四四号証)をそれぞれ提出した。これに対し被上告人は、同年一二月七日付で本願考案の公告を行ったものである(実公平六-四七三五五号、甲第二号証)。

右の審査経過を見ると、本件審決(甲第一号証)が理由とするところの引用例2及び引用例3は、平成三年七月九日付でなされた刊行物提出の審査の中で審査されるとともに、引用例1よりさらに本願考案に近いと思われる実開昭五〇-九七七六一号公報(甲第六号証)についても、平成四年一二月一五日付の拒絶査定(甲第三〇号証)、平成五年六月一五日付の拒絶査定(甲第三三号証)、及び平成六年一二月七日付公告(甲第二号証)までの間の審査において十分審査を行っている。このように、長年にわたる各種の審査手続を経たことにより、被上告人は引用例2及び引用例3と引用例1よりさらに本願考案に近い実開昭五〇-九七七六一号公報が本願出願前に公知であるとしても、ティシュペーパーに防臭剤等の薬剤を含浸させる技術と、体を拭くものにアロエを含浸させた技術では本願考案の進歩性を否定することは出来ないと判断しているものである。

五、裁判例

1. 過去の裁判例においても、東京高裁平成元年一二月二六日判決(判時一三四三-一三六)は、

「本願出願は実用新案出願であり、実用新案は『自然法則を利用した技術的思想の創作』(実用新案法第二条一項)であって、その着想に格別のものがあり、しかもその構成によって後記認定のような優れた作用効果を奏するものである以上は、第一引用例ないし第四引用例の記載事項をすべて組合せれば本願考案の構成を得られるという理由だけで、本願考案は当業者にとってきわめて容易に考案することができたというべきではない。」

と判示し、本件審判のように、本件考案に外形上構成の似ている引用例を寄せ集めただけでは進歩性を否定することはできないとしている。

2. 仮に本願考案と引用例1ないし引用例3が外形上その構成が似ている点があるとしても、本願考案は単に引用例の構成を組合せただけでは得られない「着想の格別性」と「優れた作用効果」を有しており、引用例1ないし引用例3の存在をもってしても本願考案の進歩性を否定することは出来ないものである。

六、以上述べたことから明らかなように、引用例1ないし引用例3を組合せることによって本願考案に極めて容易に想到し得るとの原審判決の判示は、実用新案法第二条一項の保護の対象となる考案の進歩性の判断に関し、その解決ないし適用を誤る違法があるものである。

以上

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